東京のクルマ文化には「ここに行けば全部ある」という場所がない。街じゅうに、さらに千葉や横浜にまで散らばっていて、機械式駐車場の中、ショールームのガラスの向こう、個人のガレージ、細い裏通りにひっそり紛れ込んでいる。見つける方法はひとつ、ひたすら歩くこと。外国人の僕らは乗り換えのたびに迷いながら、それでも数日間歩きまわった。その記録が、この11枚だ。
【1枚目】首都高、夕焼け、そして富士山
まずは一番上の一枚。スクロールする指が止まるやつだ。でっかいウイングを背負ったティールのRWB 997、頭上には「八潮南」の出口標識、オレンジの空のど真ん中に富士山。2024年のRWBニューイヤークルーズで、僕らもその列に加わらせてもらった。中井啓さんのワイドボディ・ポルシェたちが、日の沈む高速をそろって走っていく。東京の高速の夕焼けは、運がよければ山つき。この夕方は、運がよかった。
【2枚目】ルーツへ。千葉のRWB本社
1枚目のクルマたちは、ここから生まれる。千葉にあるRAUH-Welt BEGRIFF本社、中井啓さんの工房。ネオンの光の下、工具とパーツのあいだに置かれたRWBポルシェ911だ。RWBはすべて中井さん自身の手で切られ、組まれる。フロントガラスに掲げられた「ROUGH WORLD」のバナーは、ブランドの英語名を世界中に運んでいる。首都高で見たクルマが生まれる部屋に立つのは、まったく別の感覚だった。
【3枚目】横浜のガレージに、伝説のZ32がいた
この一枚だけは、キャプションでは済まない。ボンネットを開けたシルバーのZ32が暮らすのは、チューニングショップ「Revolfe S.A.」を率いるミゾタ・イサオ(Isao Mizota)さんの横浜のガレージ。日本でもっとも伝説的なZ32のひとつだ。
ミゾタさんがこのクルマを日産から新車で買ったのは1990年3月。Z32の発売からわずか数か月後のことで、それ以来ずっと同じ1台を仕上げ続けている。ひとつのシャシーと30年以上。R32 GT-RではなくZ32を選んだ理由が、このクルマの狙いを物語っている。Cd値はZ32が約0.30、GT-Rは約0.40。超高速域では空気こそが最大の敵になる。記録された最高速は328km/h。
【スペック早見表】ミゾタさんのZ32
- 購入: 1990年3月、日産から新車で
- エンジン: VG30DETT(3.0リッターV6ツインターボ、ノーマルで約280馬力)
- パワー: ブースト1.7キロで約680馬力
- タービン: ギャレットGT25/GT28ハイブリッド
- エンジン内部: JUNのカムシャフトとコンロッド、コスワースのピストン、ポート研磨ヘッド、850ccインジェクター
- 制御・冷却・駆動: HKS F-CON V Pro、ARCの冷却系、ATSのカーボントリプルプレートクラッチ
- ボディ: スポット増し+ロールケージ、HICASは撤去
- ブレーキ: フロントにブレンボF50、リアにF360のキャリパー
- 足回り: BILSTEINの車高調。20年以上前に組んだ同じセットをいまも使用
- 最高速: 328km/h(記録)
ブースト圧を「キロ」で言うのは、日本のチューニング界では当たり前の言い方。でも、実はロシアでもキロで数えるらしい。妙なところで気が合う。サーキットでは高ダウンフォースのウイングを装着し、高速の公道ではウイングを外して減衰を柔らかくする。二刀流だ。
【コラム】ステッカーが語る、もうひとつの物語
そして、Z32好きなら誰もが知っているあの話。このクルマには「Mid Night」のステッカーが貼られている。1980年代後半から1999年の解散まで、東京と横浜のあいだの湾岸線を走った伝説のチーム、ミッドナイトクラブの証だ。入会には250km/hを優に超えるクルマと1年以上の見習い期間が必要で、正式メンバーになれたのは10人に1人ほどだったという。ミゾタさんにクラブのことを聞くと、どの取材でも、そして僕らのときも、にっこり笑って話題を変える。
Z32そのものも、もっと語られていい。設計にはクレイのスーパーコンピュータが使われ、CADで開発された最初期の量産車のひとつになった。四輪操舵のスーパーHICASを積み、280馬力自主規制のもとで発売された最初のクルマでもある。アメリカのカー・アンド・ドライバー誌では「10ベスト」に7年連続で選出。サイン入りのエンジンルームを前にすると、オーナーたちがここまできれいに保つ理由がよくわかる。愛、それだけだ。
【4枚目】BINGO SPORTSのウィンドウに、日本の宝が2台
都心、明治神宮外苑からそう遠くないBINGO SPORTS 東京ショールーム。ガラスの向こうにレクサスLFAとトヨタ2000GTが並んでいた。BINGOはBH AUCTIONも手がけるタケイ・シンジ(Shinji Takei)氏が名古屋で創業し、いまや日本でもっとも信頼されるコレクターカーディーラーのひとつだ。ウィンドウの顔ぶれはいつも変わる。この夜は、日本が生んだスポーツカーのなかでも特別な2台が、約40年の時を隔てて並び、ガラスには街の景色が映り込んでいた。ただ窓の前を通るだけで、歴史が目に入ってくる。
【5〜6枚目】夜の都心は、照明がすべて
まずは青山通り、国道246号の歩道橋の下のアウディR8。街の光で青く染まっている。日本車ではないけれど、ものすごく東京っぽい。このあたりのスーパーカーは街の家具みたいなもので、あとは照明が仕事をしてくれる。もう一枚は講道館の駐車場の看板の下、細い裏通りに鼻先を突っ込む黒いレクサスLS。東京の日常の高級車が、どんなクルマでも実際より大きく見せてしまう道を進んでいく。
【7枚目】目に刺さるグリーンのFD
マツダRX-7(FD3S)。たぶん、クルマに塗られた中でいちばん明るいグリーンだ。隣に立つと、緑の照り返しが自分の顔に映るほど。リトラ、ダクト付きボンネット、カーボンリップ。この塗装には特別な秘密があるんだけど、それを明かすのはまだ僕らの役目じゃない。いずれ、単独の記事で。
【8〜9枚目】機械式駐車場という生き方
東京のクルマ好きのクルマは、だいたいこうやって暮らしている。車幅ぎりぎりのパレットに収まるカーボンボンネットのS2000。上段に黄色いリーフ、そして下段のケージには、どう見てもリーフより気になる1台。ここでクルマを持つときにいちばん高くつくのは、クルマ本体よりもスペースだ。それをみんな、静かな職人芸でやりくりしている。北米の広い駐車場に慣れた僕らからすると、ほとんど立体パズルの世界。
【10枚目】ターンテーブルの上の未来
銀座のNISSAN CROSSINGで、ドアを跳ね上げた日産ハイパーフォース・コンセプト。日産が描く、完全電動のハイパフォーマンス・スーパーカーだ。1990年から走り続けるZ32を見た後だと、不思議でシャープな対比になる。実物は、どの写真よりもシャープに見えた。
【11枚目】恵比寿の夜景で、輪が閉じる
最後の一枚は、恵比寿駅のすぐそば、かつてヱビスビールの醸造所があった場所に建つ恵比寿ガーデンプレイスの高層階から。タワー最上階のスカイラウンジは無料で、晴れた夕方にはこの景色が待っている。街に灯りがともりはじめ、地平線にはまた富士山。1枚目と同じ山が、旅の輪を閉じてくれる。
(ちなみにこちらは東京の恵比寿。福島のドリフトの聖地エビスサーキットは別の記事で。名前が同じなので、外国人の僕らはうっかり混同しそうになる。)
東京のクルマ文化は、あの灯りのどこにでもある。あとは探しに行くだけだ。昼間のクルマ探しなら、湾岸のA PIT オートバックス東雲から始めるのもおすすめ。











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